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 14.君へのお仕置き

   

「何してるの」
零れ落ちてしまうのではないかと心配してしまうほど瞳を大きく開いたユウリが僕を見ている。血が通っているとは思えないほど真っ白な顔色で。
「ユウリ………? どういうつもりなんだい?」
ゆっくりと視線でユウリの頭のてっぺんから身体のラインをなぞり、足の指先まで眺めながら一歩ずつ距離を縮めていく。ベッドにつながれたユウリの足―――僕が潰してぐしゃぐしゃに曲がりくねっていない美しい方の足元に、彼女の鞄があった。僕はそれを拾い上げて中身を探る。これか。着信があったことを示すライトをピカピカと光らせる携帯電話。
 無言で二つ折りになっているそれを拾い上げ開いてみると、『着信5件』『受信メール13件』という表示が出ていた。ボタンを押してみると、どうやらユウリの『おうち』から以外は全て『きーくん』なる人物からのようだ。
「お願いします、お願いだから帰してください」
「だからねユウリ。ここが、君の家なの。だから帰すも何もないんだよ」
「帰して……家に帰して…。警察にも誰にも言いませんから」
「おかしなことを言うんだね。誰に何を話すつもりなの? 僕は君の夫も同然じゃないか。痴話げんかなんてまともに取り合ってもらえないよ?」
自然とくすくすと笑ってしまう。おかしなユウリ。やっと二人きりの生活がスタートしたのにまだ意地を張るつもりなんだね。
「とりあえずこの『きーくん』ってさ、誰なの? 元彼? 浮気は駄目だよユウリ」
「浮気とか…… 元彼じゃないよ、その人が彼氏だよ……」
ユウリの額には大粒の汗が光っている。鎮痛剤を飲んだとはいえ痛みが残っているのだろう。ぬるりとした水滴を指先で拭い取り、ポケットのハンカチでふき取る。眉間に深く刻まれたしわが、ユウリがどれだけの痛みを耐えているのかを表しているようだ。僕が拭いた後も彼女の顔中に脂汗が滲んできているのがその証拠だろう。
僕はサラサラの彼女の髪の毛をすくい上げそっと指をすべらせる。柔らかくなめらかな肩くらいで揃えられた美しい髪。
「例えばユウリの言っていることを本当だとして―――ユウリがこの『きーくん』と交際しているとして、だ。この男さえいなければ僕が君の彼氏になるっていうことだよね?」
「そんなわけ……」
「『きーくん』は僕らの未来には要らないよなぁ」
ニッコリと微笑む僕を見るユウリの瞳が大きく開いた。
「殺してこようか」
「駄目! やめてお願いです!! 何でも言うこと聞きますからそんなことしないで!」
「そこまでかばわれると妬けちゃうな。そういうのって逆効果じゃない? ……まあいいや。ユウリがそういう態度を取る時は決まって僕の愛情を試す時だってわかってるから。 ……そうだな。なんでもするって言ったよね。じゃあ、『きーくん』にメールしてよ」
「メール……?」
「『他に好きな人ができた』『もう連絡するな』って。はい」
首とつながったままの彼女の右手に携帯電話を持たせてあげた。しかし固定されたままではうまく扱えないようなので、こちらの手だけ開放してやった。
「妙なことしたらわかってるよね? 『きーくん』の命は今ユウリが握ってるんだから」
『きーくん』とやらの素性はわからなくても、ユウリの周囲の人間―――ユウリのお母さんや友人の宝田ミカの信頼は既に得ている。僕たちが結婚する予定であることも伝えてあるのだ。『きーくん』に関する情報はそこからいくらでも搾り取ることが出来る。最悪、興信所を使うという手段もあるさ。
僕の言うままにしなければならないことを理解したユウリがのそのそとメールを打ち始めた。何やら考え考えしながら文章を入力している彼女に不自然さは感じられない。しばらくすると、彼女は黙ったままそれを僕に突き出してきた。


たくさんケンカし過ぎてもう
疲れました。
既に好きな人がいますから連
絡はしてこないでください。
ケンカもない幸せな関係を築
きます。
手短ですがこれが最後のメー
ルです、さよなら。

 
なんだか違和感を感じたが、こんなところだろう。僕はそれを彼女に見えるようにして送信した。ユウリのお母さんには後で僕から電話をしておこう。それより先に僕にはやることがあった。この部屋に充満している異臭の発生源を清めるという仕事が。ユウリの携帯電話の電源を切って僕の胸ポケットに滑り込ませ、机に向かった。
傍らに置いておいた雑巾と数枚のビニール袋、濡らしてしぼったタオルを手に取ってユウリの側にしゃがみこむ。つんと異臭が鼻に突き刺さる。ユウリのもらしてしまったおしっこの匂い。
「さあ、下着ごと着替えさせてあげる。タオルはちゃんと熱いお湯で濡らしてあるからね」
スカートのフックに手をかけた僕を弾き飛ばすように、ユウリが胴体を激しくくねらせる。
「やっ! やだやめて!! それだけはやめて!」
「何か勘違いしてない? 僕をその辺の下衆な男どもと同じだと思ってるならそれは誤解だよ。僕は汚れてしまった衣類を取り替えて君を清潔にしてあげようとしているだけだよ。大人なのにおしっこをもらしてしまった君をね」
赤ん坊のオムツを取り替える母親のように。排泄物なんて、深い愛情ひとつで躊躇することなく触れられるんだよ?
ユウリは口元を歪めて黙り込んでしまった。きっと僕に指摘されたことが恥ずかしかったんだね。ごめんよ意地悪を言ってしまったね。
スカートの中に手を差し入れてユウリの小さなお尻を持ち上げ、緩めたスカートをそっと引きずり下ろす。寝転がったままなので少々脱がせにくい。尻を支えている掌がじんわりと暖かく、下着に含まれた尿がつーっと肘を伝う感覚がくすぐったい。先ほどまで彼女の体内にあった液体。スカトロの趣味は理解できないが、ユウリのものなら平気で触ることができる。
ユウリの下着に手をかけた瞬間、彼女は両方の太ももをがっちりとくっつけてしまった。彼女なりの抵抗なのだろう。だが彼女のけなげな反発にもその甲斐はなく、負傷した足のダメージによって力の入りきらない両足は僕の手によって軽々とこじ開けられてしまった。彼女はそっぽを向いてしまったので、どんな表情をしているのか髪の毛で隠れてしまって確認できないのが残念だった。
両側から指先をひっかけてするすると引き抜く。顔を背けたままふるふると小さく震えるユウリがたまらなく愛おしくなる。強く抱きしめたくなったが今はまだその時ではない。ぐにゃりと妙に熱のある足首をあまり刺激しないよう細心の注意を払いつつ、そこからさっと引き抜いた勢いで濡れた下着がびしゃっと音を立てて床に落ちた。彼女の尿の染み込んだ少ししょっぱいような懐かしいような匂いを放つ冷えた下着をビニール袋へ放り込む。先に脱がせたスカートはしわがつかないよう丁寧にたたんで別のビニール袋へ。
少し冷め始めたタオルを裏返し暖かさが残っているかを確かめてみた。うん、大丈夫。屈み込んで彼女の両足の間へ腕を差し入れた。なるべくそこは見ないように。
「ちょっちょっと! 何を……」
「このままにしておくわけにいかないでしょう? 拭いてしまうから、足をもう少し開いてくれない?」
彼女が躊躇しているのがわかる。まだ男女の関係になっていない相手にすんなり足を開くような女ではないことは僕が一番よくわかっているのだから。しかし、部屋を漂う異臭と肌にまとわりつくベタベタとした感触を取り払いたい気持ちが勝ったようだ。歯を食いしばりながら膝を拳ひとつ分だけゆっくり開いた。
決してこちらを見ようとはせず、自由なままの右手で顔を覆っている彼女を困らせてみたいと、意地悪な気持ちが頭をもたげた。
「ねえユウリ。顔を見せてよ」
僕の手はユウリの内ももを優しくなぞるように拭いてあげている。その手を休ませることなく僕は続けた。
「なんでも言うことを聞いてくれるっていったよね? その手をおろしてくれない?」
タオル越しに僕の指が彼女の大事な部分をじらすようにしてたどっていく。ユウリがなかなか顔を見せてくれないので僕は空いている方の手で無理矢理彼女の右手を引き剥がした。
恥じらいに潤んだ瞳に震える唇。紅色に染まった頬。たまらなく僕の熱情を誘っているよユウリ。でも、でもまだ我慢だ。彼女が心から僕に愛を告げてから――一生を僕に捧げると誓ってからじゃないと。 
「ユウリ。キレイだよ」
それでも僕を見てくれない。僕は指先に力を込めた。ユウリがかすかにうめく。これ以上彼女をいじめ続けると僕自身がもちそうにない。
タオルは下着の入った袋に投げ入れ、彼女の身体を乾いた床にずらしてあげた。用意しておいた女性用の――母の下着とスカートを彼女に着せて、雑巾で床を拭いた。幸い彼女と母のサイズは大体同じだったようだ。あとは窓を開けて空気を入れ替えておしまい。
窓をそっと開けると夜のひんやりとした空気が僕の額をなでた。月のキレイな夜だ。こんな夜空を彼女と眺めたかったんだ。
ユウリにも見せてあげようと振り返った瞬間だった。
「助けてええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!! 誰か、誰かあああああああああああああ!!!! 助けてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
割れんばかりの大声でユウリが叫び始めた。何てことをするんだ!
頭の中がカーッと熱くなり見える物全てが真っ赤に染まった。気がつくと僕は思い切り彼女の頬を殴っていた。先ほどまで艶やかに彩られていた彼女の左頬がみるみるうちに赤く腫れていく。肩で息をしている僕の右手がズキズキと痛い。
つながったままの首輪が喉に食い込み、ユウリは激しく咳き込んでいる。その間に僕はせっかく空けた窓とカーテンを閉め、少し大きめの音量で音楽をかけた。
「なんてことをするんだい? ちょっと悪戯が過ぎるね」
「こほっこほっ…… もう嫌ぁ…… 帰して……… お願いします………」
「こ・こ・が! ユウリの家なの。わかる? 僕たちはここで過ごして、ここで愛し合うんだよ。心も身体も。だけど、僕は君が僕以外要らない、僕だけを愛していると誓うまでは君に手を出さないから。君がおかしなことをしたり逆らったりさえしなければ、僕は君にお仕置きをしなくて済むんだよ?」
「私はえんちゃんのこと、今では好きじゃないんです。わかってください………」
「じゃあどうしてさっきは素直にメール送ったの? そんなこと言わなかったよね?」
「だって殺すって」
「それでもユウリは僕のことを好きじゃないって言わなかった。ユウリ、君はまだ自分の気持ちを素直に受け入れていないだけなんだよ。とても混乱している。君は、本当は僕のことを愛しているんだよ」
「そんな……」
「ユウリ、最近の君は言葉と行動が裏腹過ぎている。その自覚はない? 何故そこまで必死に僕への想いを否定する素振りを見せたいのかわからないけど、答えは判りきっているよね」
「私……… 私は…………」
「今日はもうゆっくり休むといいよ。時間はまだまだたっぷりあるから。一緒に過ごしていれば、きっと君も素直になれるよ」
「私……………」
天井を見つめて動きを止めたユウリの首のロープを調節して右手をつなぎ直し、彼女をベッドの端に乗せた。そっと毛布と掛け布団をかけてあげたがやはり動かない。瞬きと呼吸の音だけが彼女が人形ではなく生きた人間であることを知らせてくれる。
彼女の左頬は青黒く変色し始めていた。僕だって本当はこんなことしたくないんだ。音楽を小さくして、部屋の電気を消した。 カーテンの隙間から差し込む月明かりが細く彼女を照らしていた。
「おやすみ、ユウリ」
彼女からの返事は聞こえない。今日はいろいろあり過ぎて僕も少し疲れたよ。だけど、彼女が目の前に――僕の部屋の、僕のベッドの上にいるという現実が僕を興奮させて眠れない。ただずっと、彼女を見つめていた。それだけで幸せな気持ちが胸いっぱいに広がっていくんだ。
ああ、そうだ。ユウリのお母さんに電話をしなければならなかったな。そっと部屋を出て、音を立てないように階下に向かった。居間の電話機は契約を解除してあるから使えない。僕は自分の携帯電話を取り出して、登録してある番号にかけた。
数回のコールの間に、用意しておいた言い訳を頭の中で反芻させた。
「……はい、永野でございます」
彼女によく似た声のユウリのお母さんが電話口に出た。
「あ、もしもし夜分に恐れ入ります、遠藤です。ああ、いえいえ。こちらこそお世話になりっぱなしで。はい、はい。近々正式に挨拶に伺いたいと。はい、いえいえそんな。あ、それでですね。ユウリさんから先ほど連絡がありまして、今日はどうも仕事の関係で終電を逃してしまうそうなんですよ。ええ、それで僕が迎えに行くことになりまして、はい。それでですね、明日から急に出張が決まったそうでして。代理だそうです。そうですよね、急過ぎだと僕も思います。それで…ちょっと申しあげにくいのですが、しばらく帰れないので今夜はこちらに泊まりたいと……いえ、僕は全く迷惑なんて! はは、いや、それはもう。変なことはしませんよもちろん。ええ、ええ。わかりました、母に伝えておきます。では、はい。失礼します」
電話を閉じて、ほうっとため息が口から漏れた。後は明日にでもユウリから家に連絡させればいい。職場にも体調不良と伝えさせなくては。
冷凍庫から氷を出して氷嚢に詰め込む。ユウリの顔を冷やしてあげよう。
また足音に注意して自室に戻る。静かな寝息が聞こえてきて安心した。そうやって大人しくしているんだよ。
彼女の目尻には涙の乾いた後がくっきりと残っていた。新しい薄手のタオルに包んだ氷嚢を痣になってしまった頬に当てると少し眉を寄せたが、ユウリは深く眠ったままだった。近くでよく観察して気づいたが、口元に少しだけ血が乾きついている。殴った時に口の中を切ってしまったのかな。
次に、両手の枷を首枷から外してあげる。ずっと固定されたままだったユウリの両肘もまた変色しているようだった。そこを優しく撫でてあげた。
大好きだよユウリ。君を誰よりもわかっているのはこの僕だけだ。そのことを君の心にしっかり刻んであげるからね。
早く彼女の笑顔が見たいな。明日は二人で何をしようかな。

時折訪れる睡魔に身を委ねてうたた寝をするが、彼女が消えてしまってはいないかと飛び起きる。これが4度続いた頃、空が青白い朝を呼んで来た。
ユウリはまだ目覚めない。
愛しているよ、ユウリ。
僕は眠る彼女の唇にそっとキスをした。これくらいは許されるだろう。

二度目のキスは、血の味がした―――――

 

 

 

 

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