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 ※ このページには残酷な表現があります 

 13.君を捕まえた

   

「どうぞ、いらっしゃい」
ドアボーイのように玄関脇に立ちユウリを招きいれようとしたのだが彼女は動こうとしない。門の辺りで立ち止まったまま。
「ユウリ?」
彼女に一歩近づこうとした僕とすれ違うようにして、彼女は僕の―――僕たちの家へ入って行った。ようこそユウリ。

 

「お茶でいいかな?」
腰もかけずに部屋中をキョロキョロと見回すユウリに声をかけた。そう言えばここに来たのは初めてだったな。
「……いらない。何もいらない」
「そう? じゃあ座ろうか」
一人だけ飲み物を用意するのも落ち着かないので、僕は居間のソファに座ってユウリにも隣に座るよう促した。彼女は僕の隣の空間をちらりと一瞥したが、テーブルをはさんでちょうど僕の向かいにあたる場所に腰を下ろした。照れなくてもいいのに。
ユウリはテーブルの一点をしばらく見つめた後、ふっと息をもらした。僕は身じろぎせずに彼女の仕草をただ見つめていた。不意に彼女が顔を上げて、まっすぐに僕を見返してきた。
「えんちゃん。はっきり言わせてもらうけど、私はえんちゃんと付き合ってないよ」
もういいんだって、僕を試したりなんかしなくても。どうすれば僕のこの愛を理解してくれるの?
「彼氏とも別れてないし、私が好きなのはその彼氏だけなの。えんちゃんのことは好きだったけどそれは中学の時だけ。大人になった今は恋愛感情を持ってないんだよ」
「……ユウリ。もうそこまでにしよう。僕は何か君を怒らせることでもしたかな? 僕は再会するまで君と連絡取ることもなかった。同窓会で久し振りに会って、その時から君は僕に好意を示して来た。僕はそれに応えただけなんだよ」
「好意なんて! 別に示したりなんかしてないよ!」
努めて冷静に振舞う僕とは対照的に、ユウリが苛立ちを隠そうとせず言葉を荒げる。
「だったら、どうして僕のことを好きだったなんて話をしたの? 君は僕を好きだったと言ったすぐ後に『誰か紹介して欲しい』と言ったよ。それに、僕の方が彼氏よりも優しいと。ユウリ、君は僕に『告白しておけばよかった』『彼氏よりも優しくしてもらえたかも』なんて言葉まで言ってきたんだ。それなのに、好意はなかったなんて言えるのかな?」
ユウリが僕に言った言葉は忘れないんだよ。それが僕への愛の言葉ならなおさらじゃないか。
「それは……でも………」
「この前宝田も言ってたけどさ、ユウリは一度も僕との接触を拒んだことはないんだよ。ユウリは僕をどうしたかったの?」
「だって……友だちだって思ってたから…… そうだよ、友だちだと思ってたから邪険にしたくなかったんだよ! 傷つけたくなかったから……」
「どうしてユウリは幹事役をやったの?」
「…………え?」
そもそも、最初に届いた同窓会の案内状。差出人はユウリだった。本来の幹事ではなく。僕はずっとそこが気になっていた。
「ユウリは幹事担当じゃなかった。同窓会なんて今まで開かれたこともなかった。どうして幹事をしようと思ったの?」
「………別に理由なんてどうでも……」
少しずつユウリの声が小さくなる。僕はさらに続けた。
「僕宛のハガキは実家ではなく、僕が一人暮らしをしていたアパートにまっすぐ届けられたんだよ。どこで住所調べたの?」
「えんちゃん! それが今話してたことと関係あるの!?」
「関係あるよ。僕の住所は同級生の誰にも教えなかったから。僕の家族しか知らないことだよ」
「確かにえんちゃんの家に…ここに電話して住所を教えてもらったよ。でもそんなことは……」
「どうしてそこまでして僕に連絡を取ろうとしたの?」
僕にはひとつの推理があった。昔好きだった相手に会いたくなった。でも連絡を取り合ってなかったからそれは難しい。なら、同窓会をしてみてはどうか。参加の有無はわからなくても会える可能性は出来る。少なくとも住所か電話番号はわかるはずだ。ちょうど幹事担当者は仕事を放棄しているから、自分が成り代わっても不自然ではないはず。ユウリは好きな人に会うために同窓会を企画した。……そう。他でもない、僕に会うために。
僕はその推理をユウリにぶつけてみた。ユウリの顔色がみるみる変わる様子から、僕の考えが間違っていなかったことが証明された。
「……これでもまだ、君は僕への気持ちを否定するの? ユウリ」
「………やめて」
「ん?」
「名前で呼ばないで。私はえんちゃんの彼女じゃない!」
「ごまかさないでよ。君は、僕に、会いたくて、同窓会を企画した。そうなんだろう?」
「………」
耳まで顔を赤らめさせたユウリは言葉をつまらせ、かすかにうなずいた。見つめていなければ気づけないほど小さく。
「あはは、そうだと思ったんだよね。わかってたんだよ僕は。君の気持ちは全てね。だって」
口の中にたまった唾をごくんと飲み込み、ユウリの両の目をしっかりと捕えて言った。
「君は僕の夢の中で、微笑んだんだから」
ユウリが眉をひそめた。図星をつきすぎちゃったかな?
「……何?」
「君が微笑んだから、僕は君が運命の相手であることがわかったんだよ。君の微笑みが、君の僕への愛が届いたんだよ」
何も後ろめたいこともない、正直にありのままのことを告げたのに、ユウリは笑わなかった。おかしいな。僕がユウリを理解しているってことが伝わらなかったのかな?
ユウリはスッと立ち上がって冷たい眼差しを向けてきた。とても冷たい、まるで僕が虫か何かであるような。
「噛み合わないみたいだから、もう話さない方がいいみたいだね。……帰る」
ユウリ? 乱暴に鞄と上着をつかんで出て行こうとするユウリの手首を必死に掴んだ。突然どうしてしまったんだ?
「帰るも何も、ここがユウリの家じゃないか」
「何言ってるの? ここはえんちゃんの家で私は関係ないよ」
「関係ないわけないじゃない。ここは、僕たち二人だけの家だよ。誰にも邪魔されずに二人きりで過ごせる理想の家じゃないか。君が帰るのはここだけだよ? ユウリはおかしなことを言うねえ」
薄く笑った僕の顔をユウリがじっと見つめてくる。本当にどうしたの? 笑ってよユウリ。
「………離して。離してよ!」
ユウリが思い切り僕を突き飛ばし、完全に油断していた僕はよろめきテーブルにぶつかってしまった。
「あ………」
「痛いじゃないか。ひどいよユウリ、すごく痛い」
踵を返し、ユウリは居間の扉にしがみつこうとしている。僕はその肩を掴んで力一杯引き寄せ、そしてそのまま背後から………抱きしめた。
「ちゃんと面と向かって言ったことがなかったから怒ってるんだね。ユウリ、僕も君のことが好きだよ。とてもとても、誰よりも愛している」
「ヒッ………」
こちらを振り返らないユウリの喉から小さな風のような音が聞こえた。
「結婚しようユウリ。僕の花嫁になって欲しい」
どちらにせよ今日は言うつもりだったプロポーズ。もっと気の利いたセリフを言いたかったのに、月並みな言葉しか選べなかった。ユウリは硬直したまま何も言ってくれない。
「ユウリ?」
「いやああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
ユウリが僕の腕で暴れだしてしまった。必死で僕の腕から逃れようとしている。何だ? どうしたんだユウリ?
「離して! 離して!! もうやめて!!!」
「ユウリ落ち着いて。一体どうしたの?」
「私は彼氏がいるんだってば! 好きなのはその人だけなの! えんちゃんのことなんか好きじゃない!! 勘違いしないで!!!!」

パシン―――――
頬を打つ掌の音が部屋に響いた。頬を押さえてうずくまるユウリが僕の足元にいた。
「意地を張るのは可愛いけど、さすがにやり過ぎじゃないかな。ユウリ、君がそういう態度に出るなら、こちらにも考えがあるんだよ」
彼女の手首をもう一度掴んで無理矢理引き立たせ、ぐいぐい引っ張りながら部屋を出る。
「痛い! えんちゃん痛いよ!」
ユウリの叫び声に耳は貸さない。彼女には少しお仕置きが必要だからな。
足音も荒く階段を上り僕の部屋のドアを乱暴に開いて、ユウリを突き飛ばすようにして引き入れた。
「今日から君はここで生活するんだよ。食事も排泄も。全て僕が面倒を見てあげるからね」
「………何を言って………………」
「君が素直な気持ちを取り戻すまで、僕がしつけ直してあげるんだよ。これからはずっと君の世界には僕だけが存在する。嬉しいだろ?」
「やだ! 嫌だ!! 帰してよ!」
困ったな。ユウリと暮らすためにいろいろと準備をしておいた。その中でもこれは使いたくなかったんだけどな。
ドアのすぐ前に立つ僕から一番離れた壁に張り付いているユウリを横目で確認しながら、僕は机の引き出しをあさってあるものを取り出した。
鉄でできた、小さなトンカチ。
小ぶりな割りに、手にはずっしりとした重量感を感じさせてくれる。
ダダをこねる彼女のために用意したものの一つ。
「仕方ないなあ。ちょっと痛いけど我慢してね」
彼女の不安を取り除けるようにと精一杯の笑顔をユウリに見せながら、僕は彼女を引き倒してその上にのし上がった。うつぶせに倒れこんだ彼女の背中に後ろ向きに座り込んだ状態だ。僕の目の前には彼女のキレイな両足。
「やめて!! やめて!!! 何するつもりなの!? お願いやめて!!!」
「ごめんね」
頭上高く上げたトンカチを勢い良く振り下ろした。彼女の足首を狙って。
ボゴッと鈍い音がした。力が弱かったみたいだ。
「ッッッッッッーーーーーーーーーーーー!!!」
ゴガッ、バキッと手応えのある音がして、彼女の左の足首はグシャグシャになった。キレイな足だったのに残念だな。
「いだいいいいいい!!!!!!!!! 痛い!! 痛い!!!!!! ウああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
机の側においてあったコンポから適当に音楽をかけて、音量を最大に回す。それからトンカチと一緒に取り出しておいた小瓶を開けて、中から錠剤を二粒取り出してまた引き出しへ戻した。あまりの痛みに人とは思えないような叫び声をあげて転がりまわるユウリの横を通り、この日のために備え付けておいた小型の冷蔵庫からペットボトルを取り出した。
「ほらユウリ、鎮静剤だよ。こちは水」
僕の声などまるで届いていない。ユウリはこれ以上ないくらいの声を張り上げていた。
僕は彼女の耳元に口を寄せて静かに告げた。
「それ以上うるさくするなら、もう片方も潰すからね」
グウッと妙な音をさせて、ユウリが叫ぶのをやめた。
涙と鼻水とよだれでひどい有様だ。それでも可愛い、愛しいユウリ。大音響で発せられているスピーカーの音を心地よいレベルまでボリュームを下げ、もう一度薬と水を彼女に差し出した。しかし彼女は歯を食いしばりかぶりを振って、嗚咽をもらすだけだった。
こんなやり方が最初なのは嫌だったんだけどな。
ペットボトルのふたを捻り開けて、少しだけ口にふくむ。ユウリの鼻をつまみ、口をこじ開けて錠剤を放り込み僕の唇で蓋をした。冷たい水がユウリの喉へと流し込まれていく。
これが二人の初めてのキスか。なんだか味気ないな。
それでも僕は、人形のように動かない何も見ない彼女に優しく語り掛ける。
「これで少しはマシになるはずだよ。なるべくこういう教育の仕方は避けたいんだけど、君があまりにもワガママな態度でいたらまたコイツの出番にしなきゃいけなくなるから気をつけてね」
黒々と鈍く光るトンカチをユウリの目の前でちらつかせると、彼女は激しく何度もうなずいた。そうだよ。素直が一番だ。
かすかに異臭がする。発生源は彼女だった。気づけば彼女のスカートの辺りがぐっしょりと濡れている。
「ユウリったらおしっこを漏らしちゃったの? しょうがないなあ、今雑巾を持ってきてあげるからね」
彼女の顔に表情は見えない。そうだ、大事なことを忘れていた。
クローゼットの奥にしまっておいた箱から、銀色に光る3つの輪っかを取り出す。一つは少し大きめ、二つは小さめでさらに小さな丸を中心につながっている。最近じゃこんな道具が簡単に変えてしまうんだなあ。
二つの輪は彼女の手首に、もう一つは首にからめつかせ、小さな錠をかけた。便利なことにこの手枷と首枷はつなげることが出来るらしく、彼女はまるで頬づえでもついているかのような格好になった。更に小さな丸にロープを括りつけ、それを鉄製のベッドの足にきつく縛っておいた。
横たわったまま繋がれた彼女。僕が彼女を捕まえた。僕だけのもの。
「着替えもタオルも全部用意してくるからここで大人しく待ってるんだよ」
彼女の額に触れたかどうかわからないほどの優しいキスをして、僕は部屋を出た。
待ちに待った僕とユウリ二人だけの生活の始まりだ。
僕の胸には期待と喜びが満ち溢れていた。嬉しい。嬉しいね、ユウリ。

 今日からよろしくね――――――フフッ。

 

 

 

 

 

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